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 静かな日曜の午後。
 俺は居間で新聞を読んでいた。妻は新しく家族になった俺達の子供を寝かしつけている。
 生後二ヶ月。まだ赤ん坊だ。
 妻――美汐は最初から可愛がっていたが、俺が可愛いと思い始めたのは最近のことだ。
 生まれたての時は赤くて、黒くて、くにゃくにゃで猿っぽくて (これ人間か?)なん
て思ったものだが…ちゃんと人間になるもんだなぁ。
 一方、美汐はベビーベットを覗きこんで、
「元気ですか?」
 なんていいながら、頬っぺたを突っついたりしてる。
 美汐、それじゃ眠れないぞ、一応心の中で突っ込む。
 しかし…
 ほんと、嬉しそうな顔しやがって…。美汐って、幸せ噛み締めタイプだったんだなぁ…、
そう思って、ふと気付く。
 俺も幸せ噛み締めてるじゃねぇか。
 そうか、幸せになれたんだな、俺達は。
 ふっと目が合う。
「どうしました?」
「可愛いな、と思ってな」
「それはそうです、私達の子供なんですよ?」
 こいつ、最初に赤ん坊を見たとき、「可愛くない」と言ったことをまだ根に持ってるな。
でも、俺が言いたかったのは…
「いや…俺は…」
「?」
「いや、早く寝かせろよ」
 なんとなく頭に疑問符を浮かべつつ、また赤ん坊とじゃれあう美汐。
(可愛いのはお前だ、美汐)
 俺は新聞に目を落とし、これからどうやって美汐を可愛がるが思案し始めた。

 ポク、ポク、ポク…。
 チーン!
 懐かしい効果音と共に、プランは出来上がった。
 俺は新聞を畳んだ。ガラステーブルの上にそれを置き、ソファから立ち上がる。美汐ま
では約三メートル。
 緊張して咽喉が渇く。無意識にお茶をすすった後、こちらに背を向けている美汐にそろ
りそろりと近づいていく。ゆっくりと、足音が立たないように注意しながら、畳の上をつ
ま先で歩く。その距離、残り二メートル。
 居間を抜け、寝室へ。残り僅か。
 若草色のセーターに包まれた無防備な背中。そこへ吸い込まれるように、ぎゅっと、強
く抱きしめた。
 上がる小さな悲鳴。
「祐一さん、な…何を?」
 無意識で抵抗した美汐だったが、やがて動きが小さくなり、やがて消えた。両腕を回し
た美汐の腰は、壊れそうなほど細く、俺は込める力を緩めた。手のひらに、柔らかい下腹部を感じる。
「眠ったか?」
「ええ、たった今…ほら」
 促されるまま、美汐の背中ごしに、ベビーベットの中で眠る我が子を見やる。
「…可愛いもんだな」
「ええ」
 美汐は言いながら、その頭を撫でる。
 外の喧騒が聞こえる。秒針は無表情に時を刻み、その音だけがこの空間を支配する。こ
の俺の緊張感は、多分美汐も感じていることだろう。
「さっき言いかけたこと…聞きたいか?」
 静寂を破ったのは俺の一言だった。
「…はい」
 しばらくしてから、息を呑んで、美汐はそう答えた。
「美汐…さっき、すごく可愛いと思ったのは…お前のことだぞ」
 ゆっくりと、そのウェーブが掛かった髪を撫で上げながら、そっと囁いた。
「それは…この子が可愛そうです」
 言葉はきつかったが、非難を帯びた口調ではなかった。

「いや、こいつも可愛いんだが」
「だが、何ですか?」
「永久に二番目だな」
「……」
「一番はお前だからな」
 そう言って、美汐を抱く腕に再び力を込めた。同時に、その白い首筋に唇を這わす。美
汐も、顔をこちらに向け、そのまま俺の方へ体重を預けてきた。
「なぁ…今、ここで…いいか?」
 お腹に廻していた右手を胸まで上げる。柔らかいそこをさするようにしながら、俺は自
分の欲望が抑えられないことを美汐に告げた。
「日が明るいうちは…駄目っ…ふぁ…だ、駄目ですっ…」
 なるほど、美汐の倫理観からすると昼間の情事というヤツは非難に値する。ここをどう
切り抜けるか――俺を明晰な頭脳(「こんな時だけです」By 美汐)は作戦を微妙に変更
することを瞬時に思いつく。
「妊娠中はお預けだったんだ…美汐。寂しかったなぁ…一年余り」
 作戦名、泣き落とし。
「あの…」
 その次に出るであろうお許しの言葉を待ったが、それきりだった。あと一押しか。
「許してくれないなら、浮気しちゃおうかな」
 それを聞いた途端、美汐の眼の色が変わった。俺の腕を振り解き、体ごと振り返った。
向かい合わせになった美汐は、俺の顔をじっと見て、やがてため息交じりにこう言った。
「すぐバレる嘘は吐かないで下さい、祐一さん」
「あれ?バレたか」
 ちっ、作戦失敗か…。
「眼を見れば、分かります」
 そう言って、美汐はゆっくりとスカートのホックを外した。はらり、と落ちたスカート
は美汐の足元で、くたっと小さくなる。
「え?」
 思わずすっとんきょうな声を上げてしまった俺を、美汐は頬を赤らめながら、それでも
上目づかいにじっと見つめ、そして――

「寂しかったのは、私も同じでしたから…だから、今日は特別に…許して上げます」
 そんな可愛いことを言ってくれた。
 もう一度、美汐の姿を直視する。生足、そして白の下着だけの下半身に、上半身は少し
大きめセーターというアンバランスな格好の美汐の姿に、俺は強い興奮を覚えた。
「美汐…」
 愛しい名を無意識に口にすると、俺はセーターの裾をたくし上げ、胸を露にする。下と
同じく慎ましい印象の白いブラ。それをもどかしくずらし上げると、隠れていた白い肌と、
それとは違う桃色の突起が目に入った。
 美汐は…顔を見れば、紅潮した顔でこちらの様子をずっと窺っていた。もうこんな行為
には慣れているはずなのに、心配そうなその顔を見た俺は、
「愛してるよ、美汐」
 そう言って、ゆっくりとその胸に顔をうずめた。
 まず、柔らかいその胸の感触を手で味わう。舌を伸ばし、その肌を舌で味わう。そして、
桜色の突起の周辺から、じらすように舐めた後、不意打ちのようにその突起へ舌を伸ばす。
「あっ…」
 美汐が洩らす淡い吐息に、俺の興奮はますます激しくなる。舌を伸ばす。弄る。軽く噛
む。反対側を、指先で弾く。摘む。引っかく。円を描くようにこする。
 その度に、美汐はいちいち可愛く反応してくれる。今では、吐く息も荒くなって、支え
きれなくなったその体をベットに預けるような格好になっていた。
「感じてるんだ…」
「……」
 相変わらず恥ずかしそうに何も答えない美汐だったが、その顔は強い肯定を示していた。
「下、脱がすよ」
 その言葉に、美汐の顔色が少し変わった。
「…寝室へ、行きませんか?」
「ここも寝室だろ?」
 嘘ではない。確かにここは寝室なのだ。もっとも、そこに寝ているアイツのもんだけど。
「な、美汐…」
 甘えるように耳元で囁く。その言葉に、美汐は微かに頷いた。と、セーターの裾に手を
かけ、上を脱ごうとする。
「あ、セーターはそのままの方向で…」
「え?」
 困惑した表情で俺を見る美汐。

「下だけ、脱いで欲しい。で、自分から見せてくれ…その、美汐のをさ」
 俺は自分の要求を告げた。その言葉に、美汐は当然のごとく抗議する。
「あんまり変なことを要求しないで下さい…私…なんか変態みたいです」
「安心しろ、みたい、じゃなくて変態になったんだよ、美汐は」
「え?」
「俺がそうしちゃったから…色々したよな。新婚当時は」
「へ、変なことを思い出さないで下さい!!」
「素質もあったし」
「ご近所に誤解されるようなことを言わないで下さいっ!」
「見事、変態さんの仲間入りを果たしたわけだ」
「そ、そんなことは…」
「次に目指すは殿堂入りかな? だが、道は長く険しいぞ。準備はいいか、美汐っ!」
「いいわけないですっ!も、もうっ…」
 いかん、怒りで大地が震えてる。…じゃなくて、肩が震えてる。
 そうか、考えてみれば新婚当時は美汐が俺のものになったことが嬉しくて、つい可愛
がって…すぐ子供出来ちまって。産後も大事を取って控えてたからな。
 で、今日は実は久方ぶりのエッチ。にしては美汐にハードルが高すぎたか? いや、し
かしあの頃はもっとハードな――
 俺がそんなことを考えている間に、美汐は沸点に達してしまった。
「じ…実家に帰らせていただきますっ!」
 叫ぶなり、足元のスカートを拾って、美汐は居間へ飛び出して行った。そのままの勢い
で居間を抜け、ダイニングに置いてあったバックを掴み、スカートを着けながらダイニン
グを後にする。姿が見えなくなった後しばらくして、バターンと思いっきり玄関を閉める
音が家中に響いた。
 この間、僅か十秒。
 沈黙の訪れた部屋で、呆然となった俺は、やっと意識を取り戻した。
「実家って、なぁ…」
 良く眠った赤ん坊に問い掛けても、答えが返ってくるはずもなく。昭和の生き残りみた
いな台詞で俺とこいつは捨てられたようだ。でもあの台詞は、なかなか味があったな。

「どうする? お前?」
 何も知らず眠っている顔を見ると、罪悪感がふつふつと湧き上がる。
 すまんな、馬鹿な父親で。離婚原因は性の不一致だ、お前が二十歳になったら教えてや
るよ。
 しかし、どうするよ。俺はともかくこいつが、なぁ。大体、食いモンだって…。
 母乳か。
 俺に出来るか?
ブラジャーを外して、胸を出して。赤ん坊が俺の胸を、ちゅぱちゅぱ……
 って、だあぁぁーーっ! なんてモノを想像してるんだ、俺は。しかも、何故ブラジャー装着済み!? ええい、馬鹿な想像はやめだ。
 美汐…か。しかし、考えてみれば。
「…十秒であの濡れ濡れ状態から回復できるなんて、やっぱり美汐、お前は…へ――」
「違いますっ!!」
 ぐわっ、庭から!!
「…やっぱり、この子がいるから実家へ帰れませんね」
 庭から部屋へ上がり、赤ん坊の頬を撫で、美汐はそう呟いた。
「え?じゃあ…?」
恐る恐る訊ねる。俯いたまま、美汐は答えた。
「取り止めました。…でも」
 ふっと顔を上げた。きゅぴーん、と美汐の眼が光った、ような気がした。
「…分かった、善処する」
 なんか、蛇に睨まれた蛙と言うか、見事に尻に敷かれていると言うか。
 それにしても…だ。
 うう、この下半身の憤りをどうしてくれよう。今更さっきの続き…は無理だろうな。自
分で蒔いた種とはいえ、なんとも情けない。とほほ。
「ふふっ、祐一さん、どうしました?」
 しょぼくれた俺を見ながら、美汐は悪戯っぽく微笑んだ。そして。
「さっきの続き、変態なし、なら考えてあげないこともないですよ」
 そんなことを言うではないか。
「分かった、その方向で」
 渡りに船とばかり、俺はその提案に飛び乗った。
 その様子がよほど可笑しかったのだろう、くすくすと声をたてて美汐は笑った。
「…もう、家は子供が二人もいて困ります」
 ぐっ、さすがにカチンときた。
 俺はふざけたことを言うその唇を自分の唇で塞ぎ、その柔らかさを堪能しながら、改め
て決意する。
(相沢 美汐、変態化計画、いざ…リベンジ!!)



END


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